木曜日, 4月 29, 2004

さびしい



人が去るのはさびしい。まだ一年ぐらいの付き合いだが、
一生懸命やってきた仲間が去っていくのは
寂しいものである。

自分に否があったからか、どうなのかはわからないが、自分が一つの
要因としているのは間違いないだろう。

去るものを責めることができない。

それは自分もやめようと思ったからで、自分が行動に移さなかっただけのことであり
彼女の行動は我輩のとっていた行動でもあるわけだからだ。また、相談した相手も
やめてもかまわないし自分だったらやめてると言われたから、やめる要因はあった。

でも、我輩は行動に移さなかった

移せなかった。

行動に移すほど心が強くなかったのかもしれないし、行動をとどまれるほど
ココロが強かったのかもしれない。

それを確かめる術はない。

それでも、いまここにいる。

っというのが現実だ。耐えたのか、勇気がなかったのかの議論よりも
現実はこれだ。

もし、責めるとしたら、彼女をくず扱いするまでやっていたかもしれない。
それは彼女が責任を果さなかったからでもあり、自分を正当化するためでも
あるからだとも思う。

でも、現実では責めてもいない。
責める勇気がなかったのか、自制してたのか、

それも確かめる術はないが、現実にはしていない。

おれは残ります。何が残るかわからないけど。。